2010年 新年号

あけましておめでとうございます。

 今年は、このような社会情勢にもかかわらず、行き先不明で戻ってきた賀状がなく安堵しましたが、名前が間違っていたり、子どもの名前で届いた賀状を見て、コンピュータの怖さを思いました。家族共有のコンピュータで賀状を作成しているので、子どもの名が差出人になっていたものが、あったのかもしれません。また、私も宛先の住所や氏名に届かないほどではない間違いを入力したまま送り続けているところがあるのかも。弔報をいただいて何年も印刷しない設定のままだったりとか。

 仕事でも、昨年度の書類を流用すると、年度の訂正忘れがあったり、見逃しがあってはと思い20を全て21に置換したら、日にちまで変わっていたり、転勤された方の名前が残っていたり、なんてことがよくあり、反省です。

 これから、入試のシーズンですので、誤りを見逃さないよう、しっかりとチェックを心がけようと思う、今日この頃です。

 さて、恒例の年間ベストですが、
正直言って、昨年はこれは凄いと思える(鳥肌が立つような)本に出会えませんでした。
新書分野では、粗製濫造が目立ちました。
 政治経済・社会関係は、デフレ・政権交代など混迷を極めているためか、論点が定まらないものが多かったように思われます。
そんな中、科学関係では割と面白い本に出会うことができました。(それは、別にまとめました)

【2009 ベスト】

 1.『街場の教育論』 内田 樹 (ミシマ社)
   
 2.『負けない』 勢古浩爾 (ちくまプリマー新書)

 3.『自分探しが止まらない』 速水健朗 (ソフトバンク新書)

 4.『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』 島田裕巳 (亜紀書房)

 5.『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 加藤陽子 (朝日出版社)   

 6.『自由と民主主義をもうやめる』 佐伯啓思 (幻冬舎新書)

 7.『『こころ』は本当に名作か』 小谷野 敦 (新潮新書)   

 8.『資本主義はなぜ自壊したのか』 中谷 巌 (集英社インターナショナル)

 9.『歴史を精神分析する』 岸田 秀 (中公文庫)

10.『狂気という隣人』 岩波 明 (新潮文庫)


【科学への誘い】 最近読んで良かった科学入門書です。

 1.『戸塚教授の「科学入門」』 戸塚洋二 (講談社)

 2.『物語 数学の歴史』 加藤文元 (中公新書)    

 3.『世界は分けてもわからない』 福岡伸一 (講談社現代新書)

 4.『世界がわかる理系の名著』 鎌田浩毅 (文春新書)

 5.『宇宙創成」 サイモン・シン (新潮文庫)

 6.『「相対性理論」を楽しむ本』 佐藤勝彦監修 (PHP研究所)

 7.『「量子論」を楽しむ本』 佐藤勝彦監修 (PHP研究所)

 8.『17歳のための世界と日本の見方』 松岡正剛 (春秋社)

 9.『疑似科学入門』 池内 了 (岩波新書)

10.『新しい太陽系』 渡部潤一 (新潮新書)
   

【今回のチョット】

◎形式主義に負けない

 神奈川県のある県立高校で、学科試験では合格だったが、服装や態度が悪かった受験生を不合格にしたということで、校長が人事異動させられた事件がありました。以前は全校生徒350人のうち問題を起こして中退する生徒が年間100人もいたという事態を改善しようとして、やっと成果が出始めていたところだったらしい。私はその校長に同情しますね。

 ルール違反とか、教育者としてあるまじき行為、などという外からの杓子定規な批判は、もっともといえばもっともです。だけど、それをいわれては現場の人はたまらないのではないでしょうか。そういう問題のある生徒を指導するのが教育者だろ、といわれても、そりゃそうなんだけど、それにも限度がありますからね。

 緊急事態なのに、自分は聞いていないとゴネて組織の血流を止めても平気な人、現実に即応しない正論を述べて自分だけいい気分の人、客よりも会社の利益優先の人、前例がないと頑として動かない人、大事を見ずに小事の正しさに拘泥する人、こういうのが困ります。形式としては一応正しいから、なおさらです。そしてかれらはかならず、「わたし、間違ったこといってますか?」としたり顔でいうんです。その根性が間違っているといってやりたい。

 もちろん形式や形は大切です。社会の秩序や人間関係の円滑化のためには必須だといってもいい。言葉に文法があり、スポーツにも型があり、社会にも作法やしきたりがある。人間が社会化していくということは、作法の型を学び、職の技法を学び、仕組みを知り、手続きの流れを覚えることから始まるんですから。原則もおなじでしょう。人間関係に筋を通し、自分の言動にも筋を通すためにです。

 けれど「主義」となると、これはいけない。「形骸化」という言葉そのもののように、形だけ残って中身は空っぽの骸になってしまう。彼らが守ろうとしているのは、形式の正しさでもなんでもない。目前の難題を解決しようとする意欲はさらさらないんです。ただ形式に名を借りて、自分の権限を守ろうとしているだけです。厄介事から逃れようとするための無責任でもある。あと、そこに掛かっている自尊心ですね。

 彼らに問い返してやるべきことは、なんのための「形式」かということです。「形式」のために人間があるのではない。人間のために「形式」があるのですから。「形式」に合わせて現実が動くのではない。現実に即すべきなのは「形式」のほうなのですから。

      『負けない』 勢古浩爾 (ちくまプリマー新書)より

それでは、今年もよろしくお願いします。

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